おちょぼ口

グリーフ体験記⑧

 

 

納棺を前に、義母が妻に化粧を施した。

 

病院でエンゼルメイクをしてもらってはいたが、葬儀屋の勧めで持ってきていた妻愛用のメイク道具を使って、メイクをし直すことにした。

 

見ると、チークを入れたせいで、血色が良く見える。

まるで生きているようだ・・・が、何か違和感がある。

 

口唇だ。

ルージュが端まで塗られていない。

 

伝統的な日本人形とか舞妓さんのような塗り方だ。

おちょぼ口なんて日常的にはほとんど耳にしない言葉になっているが、高齢の義母にとっては可愛らしい様子として、美の基準が固定されているのだろう。

 

いつも見慣れた妻の姿で見送ってやりたい。

義母にお願いして直してもらおうか、それとも自分でやるか。

 

いや、妻が最も気にかけていたのは義母のことだ。

義母が良いと思うようにさせてあげよう。

 

納棺の儀式が始まり、手甲、脚半を遺族が身につけさせるという。

靴紐と同じようにと言われて手甲の紐を結んだら、結び目が縦になるようにとの指示を受け、結び直した。

 

脚半は義兄が結んだのだが、結び目が横になっているような気がした。

葬儀屋が結び目をひねって縦になるようにしたが、そもそもの結び方が違っていても良いのだろうか。

 

指摘して確認してもらうか・・・しかし、それは葬儀屋にも義兄にも失礼にならないだろうか・・・。

結び目など科学的には意味のないことだ、だいたい自分は無宗教スタイルで葬儀を行おうとさえしていたではないか・・・でも、やっぱり気になる・・・。

などと考えているうちに儀式は進み、結局そのままになってしまった。

 

その日の記憶は、その後は曖昧になっている。

 

通夜までの間、義母や義兄ととりとめのない話をしていたような気もするのだが、よく思い出せない。

 

「喪主様」と呼ばれ、「あぁ、自分が喪主だったんだ・・・」と思ったことや、お経を聞いているうちに聞き覚えのある部分に差し掛かり、「あぁ、終わりが近づいている・・・」と思って悲しくなったこと、通夜が済み、自分が選んでおいた通夜振る舞いが出され、あまり食べられなかったことなどがぼんやりと思い出される。

 

ただ、たくさん泣いたことだけははっきり覚えている。