気乗りしない帰省

久しぶりに実家に帰省した。

 

日帰りできる距離なのだが、どうも気乗りせず、足が遠のいている。

 

元気な姿を見せて安心させたい・・・とは思うのだが、実家へ行くとどうしても妻と2人で訪れた時のことを思い出してしまい、なかなか笑顔を作れない。

 

最後に2人で訪れたのは、去年の夏。

恐らくそれが最後になるだろうと覚悟しての訪問だった。

 

妻は自分の身に起きていることを全く悟らせない明るさで他愛のない話をし、自然な話の流れの中で私のことを大いに褒め、両親を喜ばせてくれた。

両親は私たちの来訪の目的には全く気づいていなかったと言う。

 

妻がいない今、両親の興味を惹きそうな話題を多く持ち合わせていない私は、上手く会話を弾ませることができない。

黙っていると母が妻のことを話し始めてしまう。

 

母は妻を褒め、独りで看病をした私を褒めてくれるのだが、私はすぐに涙ぐんでしまい、上手く応じることができない。

妻の話をしたいという気持ちはあるのだが、泣いている姿を見られたくなくて、黙り込んでしまう。

 

母がお節介な叔父から預かっていた供花代を差し出してきた。

そういったことを煩わしいと感じてしまう私は、葬儀への参列を遠慮してもらい、香典も受け取らなかったのに、どうして余計なことをしてくれるのだろう。

 

しかし、黙って貰いっ放しというわけにもいかないので、電話で礼を伝えることにする。

 

電話をすると喜んでいる様子が声から伝わってきた。

そして「落ち着いたかい?」というお決まりの質問をしてくる。

 

父からの同様の質問をやり過ごしたばかりだというのに、また応えなければならない。

 

「落ち着いた」とはどういう状態を指すのだろう。

 

日々の生活を送れているという意味では「落ち着いている」と言えるし、まだ涙がこぼれてしまうという意味では「落ち着いていない」とも言える。

 

「もう落ち着いたよ!」と元気に言える演技力を備えていない私は、「うん、まあね・・・」と曖昧に応えるしかない。

 

そして供花代の礼を伝えると、叔父は「お前がそういうことを望んでいないことは分かっていたのだけど、初盆には何かをしてやりたくて・・・」と話す。

その声は嬉しそうだ。

 

分かっているのなら、どうしてそっとしておいてくれないのか・・・という気持ちをぐっと抑え、重ねて礼を伝えた。

 

遺族のために良かれと思ってやっているつもりのことが、本当は遺族のためではなく、「何かをしてやりたい」という自分の気持ちを満足させるためだけの行為になっているということが案外あるのではないだろうか。

 

もちろんそのような行為を喜ぶ遺族もいるだろう。

でも、そういう人はきっと葬儀への参列者を絞ったり、香典を断ったりはしないのではないだろうか。

 

そういうことを察して欲しい・・・という願いは田舎ではなかなか通用しない。

「都会の人は冷たい」と田舎の人はよく言うが、「あえて気づかないふりをする」というような親切さもあることを知らないのだと思う。

 

きっと叔父は私のことを「かわいそう」だと思っているのだろう。

私は「かわいそうな人」なのだろうか。

 

妻を失ったことは喜ばしいことではないのは確かだ。

でも、だからと言って、「かわいそう」と思われることを望んではいない。

 

一般的に夫婦として生活する期間と比べると、私たちは2分の1とか3分の1の期間になってしまったかもしれない。

けれども、2倍、3倍の充実した生活だったかもしれないじゃないか。

 

結婚当初から妻ががんに罹患していたので、別れが早く訪れるかもしれないというのは常に意識していた。

その分、できるだけ日々の生活を無駄にしないようにできたと思う。

 

もちろん、きっと治ると信じていたし、手術から十分な時間が経過した後は本当に治っただろうと思って安心もしていたので、再発を知った時は絶望の淵に突き落とされたけれども、2人で念願だった旅行もできたし、日々の生活を一層大切にして過ごすことができた。

 

予想していたよりも入院期間が短くなり、伝えたかった言葉を全て伝えられなかったことは心残りだけれども、私は自分自身を「かわいそうな人」だとは思いたくない。

 

今は妻との別れを自然の摂理として受け入れ、予定より少し長くなった独りの生活を静かに送りたいと願っているだけだ。

 

そんなことを考えながら、今回も実家には泊まらずに帰路についた。