妻が遺してくれた最後のカレーを食べた。
優しい味がした。
それは妻が意図的に遺してくれたものではなく、まだ妻が普通に料理をできていた頃の、何でもない普通の日に作った普通のカレーを冷凍していたものだ。
カレーの他にも、キーマカレーやらハヤシやらが同様に冷凍されていて、少しずつ食べてきたのだが、最後に残ったのは1食分としては少ない中途半端な量のカレーで、なかなか食べる機会が無かったのだった。
妻が旅立ってから半年余り。
冷凍されたのはもっと前、さらに数ヶ月も前のことかもしれない。
ずっと残しておきたいという気持ちと、味があまりにも変わってしまう前に食べたいという気持ちの間で揺れながら、なんだかんだと理由をつけて先延ばしにしてきたが、今日、ふと食べる気になって食べてしまった。
今日が特別な日だったとか、強い決意をもってとか、そういう訳ではない。
1週間ぶりにご飯を炊き、ご飯茶碗を使って冷凍用に小分けしたら、中途半端なカレーに調度良い、中途半端な量が残ったのだ。
せっかくなら炊き立てのご飯とともに味わいたいと思っていた。
何となく、今日がその日になっても良い気がした。
妻の料理はいつも優しい味がした。
薄味を好む私に合わせるために、また、妻も自身の健康のためでもあると考えて、塩分を控えめにしていたことが理由のひとつだろう。
料理に慣れていなかった頃は、初めて作る料理はレシピ通りに作って濃いめの味付けになることが多かったが、やがて初めてのレシピでも調度良い塩梅に仕上げることができるようになっていった。
妻が使っていたレシピ本は何冊も残っているが、妻の味を再現するのはきっと難しいだろう。
「だろう」というのは、まだ挑戦していないからだ。
料理のスキルがまだ低く、ついつい手間のかからない単純な、料理名も無いような料理で済ませてしまっている。
それに、多くのレシピは1人分ではないので分量を調整するのが面倒だし、食材が無駄にならないように使い切ることを考えると、どうしてもバリエーションが少なくなってしまう。
でも、挑戦するための準備はしている。
単純ではあっても、日常的に料理をしているうちに少しずつ基本的なスキルが身についてきた。
次はもうちょっと手の込んだ料理だ。
実は「1人分の料理の基本」というレシピ本を既に買ってある。
まずはカレーでも作ってみよう。